那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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調査団。

リットンさん的な人を派遣してくれないかな、国連は。日本はテロ国家になりましたよ。

僕たちの生活に関係ないとか言ってる人は割りと阿呆だと思う。捕まってから気づくんだよ。その時じゃあ遅いんだよ。誰かと目配せして100均でハサミ買ったら、解釈次第で準備行為で引っ張れる訳だから。この法案の行使者如何によって、私たちがいつ、何時、こじつけの理由で拘束されるかわからないのに。

危機感を持てよ。私はもうすぐ捕まる気がしてる。
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最近のニュース。

笑っちゃうような(むしろ笑うしかないような)のが多くてびっくりもしないよね。

とりあえずヤンキーは政府の狗に落ちたというのが、今日一番笑えるニュースだった。何だろうこの人。結局文字通りのヤンキーでしかなかったのかしら。というとヤンキーの気概に失礼だよね。
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そういえば。

先日、魔法使いになりました。
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上半期。

スタートです。職場変わっての上半期。絶対に怒涛の日々。おいじごくさえぐんだで。
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電車。

名古屋の小劇場?に映画見に行ったら、帰りの電車が急停車。おわぁ。またあれか?鳥か撮り鉄かそして停車理由が不明。おわぁ。

ちなみに見てきたのは三浦綾子原作の母です。電通の件から始まって、2008年に蟹工船ブームが起こったときと、時代の空気が似てきたよね。しかし映画自体は何が主眼なのかよくわからなかったです…。キリスト教なのか平和なのか母か、母だよな。作者、監督ともクリスチャンだからか、終盤で猛烈にキリスト教推しになるのついていけない感ある。いや、悪い映画だとは思わないし、寺島しのぶはさすがだし、こばたき氏のユーモア溢れる陽気な人柄という生前の姿はしっかり表現されてたし、絶賛じゃないにしろ丁寧ないい映画でした。ただ、彼はイエスではないし、むしろ主義主張的には宗教は相容れないんじゃないかなと思ったり。うん。こばたきって誰系の主張なんだっけ、マルクス?不勉強が祟る…。
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もうすぐそこは白い冬。

明扉ちゃん(愛車)、事故に因りご臨終。ううう、辛。というか、紙一重で私がご臨終しなかったのは明扉ちゃんのおかげ…?
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ホワーイ。

つちだまさま、昔の方がリアルだったし可愛かったのにな…。しかし遮光器型土偶が中国にいるという、考えてみれば面白いお話。

前言撤回。ハート型土偶までいる。リアル。
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大河ドラマ。

何というか、追々拗れるというか既に拗れとるというか、直親はなかなかそこそこ横暴な男だな…。政次の胃が心配になるな…。今年の大河は半分くらい完全にローカル時代劇になるのね。彦根までちゃんと繋がるかな。
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東下り。

ストレスが溜まると、どこか遠いところへ行きたくなります。が、あんまり当てがあるわけでもなく、また徒然に水戸に行ってきます。

が。米原駅なう。雪。

前回より行政の対応が早かったようで(土日なのに)道路は何とか。新幹線の線路には常にスプリンクラーが稼働して雪を落としている。鉄子じゃないけど、こういう普段あんまり見られないもの見るの楽しいよね!

あ、まずい、乾雪だ。絶え間なく降り注いでいる。ちらちらというか、割りとダバダバ降っている。これはまだまだ積もるぞ…。帰って来たとき、車動くかな…。

因みに水戸は晴れてるそうな。
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見たい見たくない。

この世界の片隅で、がやっと近所の映画館に来るんだけど。見に行くかなぁ。いいのは知ってる。見に行くべき映画だと思う。でもなぁ。でもなぁ…。

どうも私は戦中の一生懸命生きる日本人を描いた映画だの小説だのは苦手だ。恐らく、かわいそうな惨めな戦中日本を描くものは、戦争を止める力を強く持たないからだ。たぶんこういう言い方はよくないのだけど、かわいそうぶって被害者としての側面だけ出しても、被害者にならなければいいという結論が出たら戦争肯定になるわけで、だから日本の戦争映画の奇妙に健気な人道的主題に、しっくりこないのかしら。

ちょっと思考が整理できないので、滅裂です。

蛍の墓は、監督がそれをものすごく自覚していらっしゃる。だからあの人は蛍の墓という強烈な映画にさえ、力がないと言ってしまう。じゃあ力のある映画とは?やはり日本を徹底的に加害者として描いたものだろうか。やむにやまれぬ事情とか、後悔とか葛藤とか描かずに徹底的に加害者として描いたものなら、戦争を忌避すべきものとして、示せるのだろうか。

自虐史観ではなく、我々は被害者ヅラをしていい立場ではないし、大本営や各種戦犯だけが悪いのではなく、何故なら彼らは我々を守るためにも戦った訳で、ならば我々もやはり同罪なのではないかと考える。

まぁ原爆に関してはあればアメリカによる正真正銘正義のない虐殺行為でありジェノサイドなので、あれに対しては被害者ヅラしていいと思う。

北原白秋童謡詩歌集を読んだ。後書きに「私の大好きな詩人たちが、「子どもだましで、戦争にかりたてた」と言われる少国民詩を、どうも本気で書いたのだ。」とある。この詩歌集に、北原先生の晩年の大作、カンタータ「海道東征」はもちろん、少国民詩と言われるいわゆる翼賛詩は載っていない。北原先生は文学の戦争責任において、真っ先に槍玉に上がるだろう。でも、彼にそれを書かせたのは誰だ。文学に戦争肯定を求めて、彼が好きだった林檎を書けないようにしたのは、我々ではなかったか。

因みに、なおもって海道東征を翼賛的なものに祀り上げようとするsk新聞には呆れてしまう。普通に見りゃあ聞きゃあ、美しい日本語の粋でしかないのに。

武者小路先生も公職追放の憂き目にあっているけど、あの人は根っから反戦論者なのに、何でだ。意味がわからん。彼は誰の責任を肩代わりしたんだ。やっぱり我々じゃないのか。

月吠え読んでからずっとこんなことを考えているのです。
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