那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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サンクチュアリ

来年はもう少し真っ当な生き方ができますように。呟いたが『真っ当な生き方』がどんなだったか、思い出せなかった。よくよく考えれば、これ以外の生き方など、クリスは知らない。知りようのないことを、願うだけ無駄である。口に入った返り血を吐き出し、手の甲で頬と唇を拭う。真っ赤なオーナメントは血で染められていた。殺し屋とは、誰かの呼吸を奪って生きる存在だ。
「ごめんなぁ、聖ニコラスじゃなくて」
嘯いたクリスは、眠る子どもに向かって引き鉄を引く。消音器のくぐもった銃声。部屋の隅では、小さなツリーが変わらず電飾を瞬かせていた。


サンクチュアリ


「よぉ珍しいじゃねぇか」
仕事を終えた足で、クリスは仲介屋を訪ねた。聖夜に受けるには少々気分の悪い仕事だった。ある一家の惨殺。クリスは、業界では安いランクの殺し屋であり、依頼を選べない。依頼人はクリス程度の相手ならば、顔も見せない。普段は気にも留めないことだが、今回は無性にその顔を拝んでみたかった。
「聖夜に仕事たぁ勤勉だなぁクリス。名前が泣くぜ?」
「煩い黙れよ坊や。それより先方は?どうなってる?」
顎を擦りながら嘲笑するヤンキーに毒を返しながら、内心で自分の名前を嘲った。
クリス。正しくはクリストファー。クルスにもクリスマスにも通じる音だが、まるで似合わないと思う。
「もう硝煙の臭いもしねぇなんてな。怠惰なカトリックとは思えねぇ」
「――金は?」
「おいおい、いいのか?清貧の徒たるカトリックが聞いて呆れるぜ」
「そりゃてめぇの勝手な思い込みだ。本気で神さまを信じてたら、今頃こんな職に就いちゃいねぇだろ。違うか?」
肩をすくめ、クリスと仲介屋は笑いあった。これくらいが丁度いい。神さまの敵には、これくらい滑稽な現実が似合っている。
「渋ってんだよ支払いを。ふざけやがって」
「――坊や。てめぇの持ってきた仕事だ、責任を持てよ?」
目を細めて薄く笑ってやると、舌打ちが返る。持ってきた仕事の支払いが成されない、すなわち契約不履行。それを発生させたとなれば、仲介屋の信頼に傷がつく。
「わかってるさ。きっちり揃えて明日の朝だ。靴下用意して待ってろ」
どこまでも今日に――クリスマスに固執する仲介屋に苦笑しながら、クリスは踵を返した。こんな『悪い子』にプレゼントもないだろう。下らないジョークだ。

少し呑み過ぎた――思いながらパブの扉を押す。背中に響くどんちゃん騒ぎ。この国の連中は本当にお祭り好きだと嘲りを零すクリスは、ここの出身ではない。連中が呑んでいるのはシャンパンではなく、ライ・ウイスキー。ウイスキーなら、クリスが生まれた国こそ本場だ。麦角中毒を起こして死ぬがいい。白く立ち上る息を眺め、クリスは顔をしかめた。火照った頬を冷ますどころか、一気に体温が奪われる。
「ホワイトクリスマスか」
温暖化の最近では珍しい、細やかな雪。薄いコートの内側でぴりぴりと皮膚が攣る。クリスは指先を動かし、手袋を引っ張り出した。手は商売道具、かじかんで動かないでは話にならない。だが今夜は聖夜だ。銃を抜くような事態が起こるなら、神さまは相当な性悪だろう。思った矢先、クリスの耳に不気味な物音が届いた。
「おいジーザス、」
今日は復活祭ではなくて聖誕祭だ。殺し屋であるクリスには山ほど憑いているだろうが、死霊の復活は御遠慮願いたい。へらりと笑いを零した途端、また聞こえる。中毒を起こしているのは俺の方か。アルコールで耳が馬鹿になっているのだと自分に言い聞かせながら、クリスはコートの中に手を忍ばせた。か細い呻きのような、女の泣き声のような、声が、確かに、
「、ひゅー。頼むぜ…せめて銃で退治できるやつにしてくれよ」
信心深いのはクリスの故郷の美徳である。仲介屋にはああ言ったが、クリスも例外ではなかった。しかし殺し合ったとして、エイリアンに勝てる自信はあるが、ゴーストやバンシーには間違いなく、負ける。
がさり、と植え込みが揺れた。咄嗟に振り返ったクリスは、愛銃に手をかけたまま拍子抜けする。
ふにふに泣きながら手を振っているのは、赤ん坊だった。それもふたり。一枚の毛布の両端を握り締め、ぴったりくっつきあっている。
「はは…驚かせるなよ」
片方の産着に留められたクリップには走り書きがあった。
「『可愛がってやって下さい』…おいおい、こんな日に外に放り出したら、可愛がってやる前に凍え死ぬぞ」
いっそ無責任ささえ感じるメモ書きに呆れていると、赤ん坊の鼻の頭に白い結晶が張りつき、くちゅんと小さなくしゃみを生んだ。むずかるそれに手を伸ばし、抱き上げようとした刹那、脳裏を鮮やかな紅が過ぎる。
「――な、に、やってんだ俺は」
フラッシュバックするのは、今夜の仕事だった。眠る子どもの穏やかな顔。それに、クリスは弾丸を撃ち込んだのだ。何も知らない子どもを殺したこの手で、なぜ、赤ん坊を抱き上げることができる?放置した相手を責めることができる?お笑いだと思った。こちらの方がよほど性質が悪い。咎められるべきは、
「お、ぁ」
みぃみぃ鳴いていた赤ん坊の片割れが、不意に呼吸を止めた。焦って覗き込んだ瞬間、聖夜を突ん裂く泣き声が盛大に響き渡る。片方が泣き出せば、もう片方もじわっと涙を溜める。
「ちょっ、まて、な、あ、ぁぁあぁ畜生どうしろってんだよ…!」
焦っている間に、泣き声が二重奏になっていた。目を閉じて呼吸をひとつ、躊躇いをかなぐり捨て、毛布ごとふたりを抱き上げる。
「なぁ泣くなって」
小さなふたつの丸い生きものは、容赦なくクリスのセーターを掴み、涎を垂らし、髪を引っ張る。ほこほこ湯気が立つくらい、熱を発して泣き喚くのをやめない。これでは体温が下がっていくだけだ。
「あ、」
幸いにしてクリスの目線の先には、ちゃんと明かりのついた教会があった。





季節外れにもほどがあるが、イリアッド兇膿斥佑砲弔い峠颪い討燭藥廚そ个靴織侫薀哀瓮鵐函
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