那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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緋の眼2 アスカロン15

「アーネンベルク!今日のB定食何か知ってるか!?」
ぶすくれた顔で一人、食堂へ向かうナイゼルの背中を叩いたのは、『刃』寮の同級生、シャリース・ノジェだ。前時間が実技だったらしく、制服の上着を丸めて脇に抱え、ネクタイをしていない。
今日のメニューを聞いてくるその無邪気さと暢気さに、今のナイゼルは苛立ちしか感じられない。吐き捨てるように返事をする。
「知るか」
「あれ、機嫌悪いな?そういやドライスラフは?」
額の汗を拭いながら、あっけらかんと尋ねるシャリースに、ナイゼルは黙々と足を進めた。
「珍しいな。お前らが一緒じゃないなんて。何だ、喧嘩か?」
シャリースの楽天的な言葉に、ナイゼルは額に青筋を浮かべた。喧嘩などするはずがない。ヤンが馬鹿なだけだ。ヤンが、怖がりなだけだ。
思わずシャリースに向かって、云われのない八つ当たりをしそうになったナイゼルを止めたのは、第三者の存在だった。
「シャリース」
はっきりとした発音で呼ぶ声をナイゼルも知っている。『刃』寮のチェイス・ラングフィールド。たちまちシャリースが大人しくなる。チェイスは年齢だけならナイゼルやシャリースの二つ上、三年生と同い年だ。その落ち着き払った態度は、ナイゼルの荒れた気持ちすら凪いでいく。
「ドライスラフを呼びに来たんだろ、お前は」
「あ、そうだ。今日のB定のメニュー、鶏肉のクリーム煮だからな」
ナイゼルは口を半開きにしたまま呆然とした。クリーム煮はヤンの好物である。下級生に人気のある料理で、そのためこれを確保するには食堂に走らなければならないのだ。まさかそれを知らせに来たのか、この二人は。
「ヤンなら出てこないぞ」
「は?何で?」
「それは…」
言葉を濁すナイゼルを見つめ、チェイスは唇を緩めた。ジェードブルーの目を細める。
「そんなことを気にしているのか」
静かなその言葉に、ナイゼルはかっと目を見開いた。「そんなこと、だと!?あいつが、ヤンがどれだけ悩んで、」
「わ、待て、落ち着けアーネンベルク!」
頭一つ背の高いチェイスに掴みかかるナイゼルを、シャリースが慌てて止める。ナイゼルはその手を振り払い、チェイスを睨みつけた。
「お前にあいつの何が、」
「ここはアスカロンだろう。ドライスラフが何者であれ、大事なのはあいつがここにいる、その事実じゃないのか」
ナイゼルは口を閉じた。同じ『尾』班に属しながら、ナイゼルはチェイスのことを知らない。二年遅れて入学した理由も知らない。だがチェイスはこのアスカロンの生徒として、志を共にしている。学年ではチェイスは浮いた存在である。だが、同じなのだ。共にアスカロンの誇りなのだ。
「シャリース、行こう」
「おう」
「ちょっと、どこへ、」
半身で振り向き、チェイスは決まっていると言った。
「『杖』寮だ」

ナイゼルに愛想を尽かされた。だが、ナイゼルを思うなら、きっとこの方がいい。
ヤンは相変わらずベッドと壁の隙間で縮こまっていた。きゅるる、と胃が空腹を訴える。だがヤンはそれを無視し続けた。
が。その寂寥をぶち破り、部屋の扉が開いた。
「ドライスラフ!今日のB定食、お前の好物だぞ!」
「ノジェ!乱暴にドア開けんじゃねぇ!そこ建て付け悪いんだぞ!ヤン、聞いたか今の!」
「ドライスラフ、起きているか?」
三者三様の呼びかけの何に答えるべきかヤンが迷っているうちに、その頬に陰が落ちる。膝を抱えて縮こまっていたヤンを覗き込んでいるのは、シャリースだ。にやりと笑い、揶揄うように言い放つ。
「見ーつけた!」
「ちょ、待てノジェ、退け!」
そのシャリースを押し退け、ナイゼルがヤンの正面に立つ。ぐいっと両肩を掴まれ、ヤンは息を止めて目を閉じた。
「…っ、放し」
「誰が放すか」
そのままヤンの身体を引きずり上げ、ナイゼルはヤンを立たせた。所々に着いた埃をチェイスがぽんぽんと払う。
「聞いただろ。食堂行くぞ」
「でもナイゼル、僕は」
「腹が減っては戦はできぬって言うだろ。ラウ先輩も、食事は欠かすなって仰ってたぞ」
「シャリース、でも」
「竜殺士になるためにここに来たんだろうが。目ぇ開けろよ!」
恐る恐る目蓋を上げれば、ナイゼルがヤンの肩を掴んだまま、目を合わせた。何も起きない。ただナイゼルの視線だけが、炎のように熱い。
「ほら、」
ナイゼルが右手を差し出す。チェイスが左肩を叩き、シャリースが右から肩を抱いた。
「俺たちはアスカロンだ。俺たちが竜を殺すためには何が要る?連携だ。ビル先輩が仰ったろ。絆で連携を結び、戦うんだろ。俺は、少なくとも、俺とノジェとラングフィールドはお前を信頼してる」
チェイスが微笑む。シャリースが唇を尖らせ、
「せっかく知らせに来たのに、B定食なくなっちゃうぞ。早く行こうぜ?」
そう促した。



浮上するヤン。シャリースは脳天気に見えて、空気の読める子。
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