那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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白肋の記憶3 アスカロン番外

ようやく続き。



「やぁ。ちゃんと顔を合わせるのは初めてだよね?」
バレンシアの正面に立ったアルケイドは、黒耀石の双眸を瞬かせ、そう言った。
「『刃』寮第四学年、『鱗』班のアルケイド・フェリス。体術には自信があるよ」
鞭のようなしなやかな身体つきに長杖を携え、アルケイドは微笑む。
「…『弦』寮『爪』班、バレンシア・グラーチア」
がしゃりと掴み上げた大鎌を掲げれば、アルケイドは首を傾げて頷く。
「さすがだね。それだけの大物武器を持ち上げて、腕が震えないなんて――ついこの間まで最後衛にいた、なんて思えないな」
バレンシアはこの大鎌とは既に九年の付き合いになる。バレンシアの意志に関わらず、グラーチアの家にいる以上、扱えることを必須としなければならない武器だった。そのことにバレンシアが感謝を抱いたのは、人生で今が初めてである。
「始めよう。お手柔らかに頼むよ」
いけしゃあしゃあとよく言う。バレンシアが顔をしかめた瞬間、長杖の先端がぶれた。

「パラスケ」
呼ばれたユハは白い髪を揺らして振り返る。背後からユハに声をかけたのは、第四学年の副学年長であるリチャード・パーシヴァルだった。
「起きて大丈夫か」
「大丈夫だよ」
ユハは笑って答えた。額に包帯、頬にガーゼが当てられ、ぐるぐる巻きの上半身には広範囲の火傷がある。先日の対竜戦闘で負ったものだ。ここは保健室だ。そしてユハの負傷は、保健室にベッドが与えられるレベルだった。
「見に行かないの?」
「あぁ、終わらせてきた」
何を、とは言わずともわかった。前衛の演習である。後衛は決められた前衛の動きをレポートにまとめ、より効果的な援護を考えるのだが、リチャードの組み合わせはミハイル・グレンドルフだ。既に試合を終えている。
「面白いものが見られた」
椅子を引き寄せながら、リチャードは唇を吊り上げる。ユハは頭の上に疑問符を浮かべながらリチャードを見た。
「あんな顔で負けるエレジアなんか、久しぶりに見たな」
「エレジア?」
首を傾げたユハに、リチャードは説明する。
「あぁ、『刃』寮のエレジア・ヴァリアツィオーニ。前衛としての実技成績は学年で二番目」
「あぁ!あの、モーニングスターの。あの人に勝った人がいるのか…アルケイドかい?」
アルケイド・フェリスの無敗は第四学年では知られたことだった。相手によるが、アルケイドは二つ上の上級生にも勝つことがある。
だがリチャードは首を振る。
「いや。お前はよく知ってるだろ?『弦』寮のグラーチアだ」
「グラーチア…?バレンシア!?」
ユハの朱眼が見開かれる。
「あぁ。大鎌使いだとは思わなかっ」
「何でバレンシアが!?」
リチャードの声を遮り、ユハは手を伸ばす。その手を受け止めながら、リチャードは怪訝に眉を寄せた。
「どうしたんだ。まだ急に動いたらだめだろう。皮膚が裂けるぞ」
「いいよそんなことは!何で、どうしてバレンシアが前衛に!?」
リチャードが困っている。だがユハに、それに気づく余裕はなかった。
『お前なんかに守られたくない』
ユハの全身に刻まれた火傷を見たバレンシアは、苦々しい顔でそう言った。
ユハは結界士だ。結界にかかった負荷は、術者の肉体に反映される。負荷を負い過ぎれば、最悪死ぬこともある。ゆえに結界術は廃れていった。しかしユハには、結界術を扱うに足る特殊な体質がある――自己治癒能力の異常である。恒常的な治癒能力の高さゆえ、ユハは結界の負荷に耐え得るのだ。
『だって、僕にはこれしかできない』
そう言ったユハに、バレンシアは吐き捨てた。
『馬鹿か。自己犠牲の博愛なんか、お前の我が儘だ』
これが答えか、バレンシア。僕に守られたくない君の、これが答えか。前衛として、僕の前に立つことが。
「パラスケ。ラースロー先輩の許可を得てくる。動けるなら、見に行くか?」
リチャードの申し出に、ユハは一も二もなく頷いた。
ヴァイク・ラースローは第六学年、『弦』寮の寮長だ。保健医のアイザック・ブリレの良き片腕でもある。今回の六年生の実戦演習はつい先日だったから、学園内にいるはずだ。リチャードは保健室を出ると、すぐさま『弦』寮へ走った。

バレンシアが相手にしているのは、黒いつむじ風だった。
アルケイドの身体が揺れた。その次の瞬間、バレンシアに叩き付けられたのはその脛だった。次いでもう片足が、咄嗟に頭を引いたバレンシアの眼前を横切り、前髪を幾筋か掠っていった。
アルケイドの野戦服はデザインが若干他と異なる。緩めのサイジングで作られた下衣を、膝下のブーツのベルトで纏めているのだが、バレンシアはようやくその理由を知った。両足が自由に動かせるように、股関節周辺にタイトさを持たせないようにデザインが変更されているのだ。ただでさえ動きやすく機能的に作られた野戦服を更に、だ。
肩に受けた蹴りは重い。両足に何か仕込んでいる。
「っ、てめぇ!加減してるだろ!?」
バレンシアは大鎌を旋回させ、アルケイドの動きを牽制する。怒鳴られたアルケイドは、上体を元に戻すと息も切らさずに平然と言い返した。
「だって骨折したら復帰に時間がかかって仕方ないじゃないか」
元々沸点の低いバレンシアの額には青筋が浮いたが、それは攻撃に結びつかない。バレンシアは既に防戦一方になりつつあった。百八十度の角度で開くアルケイドの足は、いつ何時放たれるかわからない。加えて鋭く突き出された棒の先を、辛うじて大鎌で払う。振りが大きくなり、隙のできた腹に正面から爪先が減り込む。喉奥に上がる胃液を嚥下しながら、バレンシアは呻く。
あいつに、比べたら。あいつが負う苦痛に比べたら、この程度だ。
「前衛の、壁の痛みなんざ、比較にならねぇんだよ…!」
ユハの負う痛みに比べたら。
バレンシアが大きく上体を捻り、アルケイドの胴を刈る。遠心力で加速する大鎌の速度は、刃の重さに比例する。
だがアルケイドは動じない。刃が回転する前に止めてしまえばいい。大物武器との戦闘ならば、エレジアで慣れている。アルケイドの上下が反転し、右のブーツの踵がバレンシアの頬をえぐる。次いで左の爪先がこめかみを打ち抜く。
「――あー…ありゃ脳震盪だな。アルケイドの勝ちだ」
高見の見物を決め込んでいたエレジアが呟く。隣に立ったミハイルがくっと眉を寄せた。
「そうでもなさそうだぞ」
バレンシアは、顔を歪めながらも姿勢を崩さなかった。回転する大鎌の刃がアルケイドの野戦服の裾を裂く。飛び退くアルケイドを追尾する刃。鎌の遠心力を利用してバレンシアが跳躍、アルケイドの頭の上を飛び越える。それを見たミハイルが愕然と呟いた。
「アルケイドの背後を取った、だと…?」
「嘘だろ、私でもあいつの後ろなんか――あ、」
エレジアが声を上げた。その視線の先で、アルケイドが振り向こうと上体を捻る。それよりも早く、着地したバレンシアが振りぬいた鎌の長柄がアルケイドの脇を捉える。
「かっ、」
小さな呻きと共に、アルケイドの身体が吹っ飛んだ。元々さして体重のないアルケイドの身体は、存分に勢いの乗った大鎌の遠心力に耐えられなかったのだ。
アルケイドが土埃を巻き上げて倒れたのを見届け、バレンシアも地に伏した。
「バレンシア!」
呼ぶ声を、聞いた気がした。



こう、臨場感のある戦闘シーンが書きたいもんです…。アルケイドの足技は、現実的なサンジ(?)を想像すべし。

追記:ヴァイク・ラースローは、ビルヘルムたちの一代前。『刃』寮寮長であるツァー・ツェザリーニをはじめ、比較的多くの竜殺士を輩出した学年。
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