那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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白肋の記憶5 アスカロン番外

アルケイドとの試合で前衛としての頭角を示したバレンシアは、今までから一躍、有望視され始めた。如何せん粗削りなバレンシアの近接戦闘の資質を鍛えたのは、『刃』寮のアルケイド、ミハイル、エレジアである。特にエレジアは、最初から剥き出しの敵意と闘志を持ってバレンシアの自主訓練に付き合った。
「全ての攻撃を受けようとするな!」
エレジアの怒号を無視し、バレンシアはレコンキスタを捌いた。轟音が響き、エレジアが苦い顔で腕を振るう。鉄球の勢いを殺す両足が砂を撒き上げる。飛来する鉄球をまともに打ち返したため、バレンシアの腕に重い痺れが残った。
「お前の反射なら、余裕で避けられただろうが…せめて受け流せ。それでは攻撃が続かない」
エレジアは苛々と、しかし的確にアドバイスを寄越す。そのエレジアに、バレンシアは内心で頭を下げた。そのアドバイスは聞けない。
バレンシアは今まで、一切の攻撃を避けていなかった。全てその腕で、身体で受け続けている。そのため野戦服はぼろぼろに、バレンシア自身の身体も――特に関節が悲鳴を上げている。
「頑なに攻撃を受けようとするね、バレンシアは」
バレンシアとエレジアの戦闘を眺めていたアルケイドがぽつりと零す。ミハイルはそれを横目で見遣り、何も言わずに視線を戻した。
「バレンシアのセンスと筋の良さならとっくに、避け方や流し方がわかっているはずなんだけどね」
響く金属音に、アルケイドは黒瞳を僅かにしかめた。
「確かに。あれでは腕を潰す。エレジアが攻撃しあぐねている」
「エレジア!代わろう、僕もやりたい」
ミハイルの指摘に、アルケイドは声を上げた。
棒術と体術のアルケイド、クレイモアによる高速の剣撃を得意とするミハイルが本気になれば、バレンシアもさすがに反応が遅れる。だがエレジアのようにタイムラグを伴う大技ばかりならば、バレンシアはかい潜ることができるはずなのだ。
「あいつは本物の馬鹿か。あれでは身体が保たないぞ」
汗を拭ったエレジアが悪態を吐く。
「俺やアルケイドより、お前との模擬戦闘が望みらしいな」
「あいつは壁になりたいんだとよ。そのために、重い攻撃を受ける癖をつけたいらしい」
ミハイルの言葉を受け、エレジアが吐き捨てた。ミハイルが眉を寄せ、小さく反芻した。
「壁、か」
「ところでお前、ユハ・パラスケはわかるか?」
不意に変わった話題にミハイルの秀麗な眉が跳ね上がる。一際鋭い打撃音が響き、バレンシアが呻く声が聞こえた。
「わかるが、それがどうした。アルケイドと同じ班だろう。俺よりあいつの方が良く知っているはずだ」
「…そうか」
ユハ・パラスケは現四年生の中では、傑出した後衛だと言われていた。言われてはいたが、班も寮も違うエレジアには今ひとつぴんとこない存在だ。そのユハに、バレンシアが並々ならぬ執着を持っていることに気がついたのは、ごく最近のことだった。
「私たちの与り知らぬところではあるが…そうも言っていられまい。ミーヒャ、そのユハ・パラスケは少々面倒な事態に追い込まれていないか?」
「…友人は少ないようだ――などと言って、終わらせられない話だな。パラスケは同級生から迫害されている。殊に『弦』の同級生に」
エレジアは緑眼を細めた。
「迫害、ねぇ…」
「少なくともあれは、いじめではないな」
班活動ならば、アルケイドが一緒だ。生粋のヨーロッパ生まれでないアルケイドは、時折はみ出し者扱いを受けていた。ミハイルは図書室でユハに会う。ミハイルは学年こそ四年生だが、実年齢は一歳年長である。それに加えて無口で無表情。近づき難い印象のせいで、友人は少ない。
生徒が集まれば、その輪から必ず弾かれる。そのためユハとアルケイド、ユハとミハイルが近づくのは、ある意味で当然の結果と言えた。
アルケイドの蹴りが顎に入り、バレンシアの唇から朱が糸を引いた。それを見ながらエレジアは苛々と呟く。
「バレンシアは、ユハ・パラスケの壁になりたいんだと」
「…壁。ユハは最後衛の結界士だぞ。ユハを守りたいなら、前衛に出るよりも、近くにいてやるべきじゃないのか」
直接攻撃に晒されなくても傷を負ってしまうユハを守りたいのならば、かえって前衛を志すのは的外れだ。しかもバレンシアは治癒術の使い手である。
訝るミハイルに構わず、エレジアは続ける。
「ミーヒャ、バレンシアの先祖帰りが治癒術だというのは知っているな?その実態が、一時的な細胞の成長促進だということは?」
「…知らなかった」
「ならば、パラスケの先祖帰りが、自己治癒の速さだということは?」
ミハイルは顔をしかめた。ミハイルには薄々、エレジアの言いたいことはわかっていた。だが、エレジアがここまで歯切れの悪い物言いをするのも珍しい。ゆえにミハイルは先を促した。
「つまりは何だ?お前は何が言いたい?」
エレジアは、脇腹を蹴られてのたうつバレンシアを睨みながら、吐き捨てた。
「あいつはユハ・パラスケに治癒術を使えない。使えば、パラスケの寿命を一気に縮めかねないからだ。だから、あいつがパラスケを守りたいなら、あいつ自身が壁になるしかない」

ユハは何も言わない。バレンシアは何も訊けない。人間関係を築くことが苦手になっていたバレンシアには、ユハを守る手だては愚か、ユハに友愛を唱えることすら難しかった。
『俺はお前に守られたくない』
ひねくれたバレンシアの、それが精一杯だった。
入学早々、寮の部屋割で問題が起きた。散々たらい回しにされたユハが、荷物を抱えて部屋に転がり込んできたときの、疲れた笑顔で発された第一声をバレンシアは忘れてはいない。
『ごめんね』
何がごめんね、だ。何に対するごめんね、だ。お前が何かしたわけではないくせに、なぜ謝罪する。
あのときの、言いようのない怒りを、バレンシアは忘れてはいない。
実のところ、バレンシアは学年で最も素行の悪い生徒の一人だった。主に喧嘩である。『弦』寮の生徒どころか、『杖』『刃』の生徒にも噛み付き、殴り合い、大抵相手を保健室送りにしてきた。ひとえに、ユハに対して心ない言葉を吐いた相手ばかりを殴った。バレンシア自身はそれで退学になっても何ら構うところなどなかった。それは己の境遇を受け入れるユハへの抗議であり、己の境遇への反抗のつもりだった。
だがそれも最早、意味を為さないのだと思い知った。四年の間、部屋に帰っては唇を噛むユハの、傷ついては治っていく手足を見て過ごした。卑屈な主張を続けるのは無駄なことだと知った。だからバレンシアは、再びレコンキスタを取った。己の境遇を、切り開くために。
「おかえり」
寮に帰れば、ユハの朱眼がバレンシアを出迎える。エレジアの星を受け止め続け、アルケイドに滅多打ちに打たれた全身は、ぎしぎしと軋む。蹴られた顔面は腫れ上がっているはずだ。ユハの心配の目が痛い。
「…ただいま」
「バレンシア」
名を呼ぶ声に、バレンシアは顔を上げる。
「その。…大丈夫?」
労りの声に、バレンシアの眉が寄る。大丈夫じゃないのはお前の方だ。それを見たユハは苦く笑った。
「ごめんね。余計なことだった?…よね」
「…いや、」
それきりバレンシアは言葉を発せない。それが、ユハに何を抱かせるか、バレンシアにはわからなかった。
――それが君の答えか、バレンシア。僕に守られたくない君の、それが答えか。僕にはそれしかできないのに。それが、僕がアスカロンでいられる唯一の方法だというのに。この、人に在らざる身の上の、僕が、君に受け入れてもらえるただ一時だというのに。
それすら君は、否定するのか。
バレンシア。
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