那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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白肋の記憶6 アスカロン番外

番外のはずが、こんなに長引いてどうする。端的に纏められる筆力が欲しい。



第四学年全員での演習が組まれたのは、冬に向かう間際の肌寒い頃だった。相手は準長寿竜、サポートには第六学年から四人が充てられることが知らされた。
リチャードは硬い表情を崩さない。危機感が焦燥に変わり、心拍を上げる。同じ表情をしているのは『刃』寮のミハイルだった。
これは、篩だ。
この先を、竜殺士として生きていくための――或いは生きていかないための、篩だ。つまり、相手は自分たちの手に余る。そのことに気づいている生徒はいる。だが、気がつかない者も多い。
「全員で行え、という意味はわかるな?それだけ危険だ。俺たちもフォローには入るが、くれぐれも気をつけろ。そして――お前たちの真価を見せろ」
告げるのは、『刃』寮寮長のツァー・チェザリーニ。皇帝の異名を持つ長大な戦斧の使い手は、榛色の瞳に期待を込めて告げた。随伴する六年生はツァーに加え、同じく『刃』寮のナーディル・サフィエ、『弦』寮寮長ヴァイク・ラースロー、『杖』寮のエセン・バルトード。
今年度の六年生は豊作だと言われている。ヴァイクはピアノ線を使う。ナーディルは湾刀、エセンは飛雷針とあだ名を貰う雷撃使いである。この他、『杖』寮寮長に当麻師の先祖帰りのオーガスタス・ノヴァ、『弦』寮に狙撃手のマクシミリアン・クリューガー、同じく『弦』寮に腐毒師のハル・コーディアルがいる。
「さて、何人残るかねぇ…ディル、お前はどう見る?」
ツァーの問いに、ナーディルは淡々と答えた。
「『刃』ならフェリス、グレンドルフ、ヴァリアツィオーニは確実に残るだろう。後は期待できないな」
小アジア出身のエキゾチックな横顔は揺るがない。シビアな意見に、ツァーは溜息を吐いた。
「おいおい、うちには第四学年の長もいるんだぜ?」
「ウィンスレイか?あれは無理だ。俺にはあいつが学年長である理由もわからんのだが。なぜパーシヴァルではなかったんだ?」
身も蓋もない言い方、とはこのことである。ツァーの溜息は止まらない。
「『杖』寮なら…オーガスタスはリチャードと、ミカを挙げていた。リチャードは家のことがあるから心配だったけど、今の様子なら大丈夫だろうね」
エセンは切れ長の漆黒を笑ませて言う。編まれた黒髪を揺らし、後輩を見る目には信頼が滲む。
「『弦』、は…」
言葉を濁したのはヴァイクである。
「最悪、誰も残らないかもしれない」
革の指貫きを嵌めていない左手が、栗色の髪をぐしゃりと掴む。
「お前、パラスケに目をかけていただろう?あの子はどうした?」
エセンの問いにゆるゆると首を振ったヴァイクは、煙水晶の瞳に苦悩を浮かべていた。
「力量も適性も、ユハは抜群だよ…でも、あの子はこれ以上ここにいたら、潰れてしまう」
この半年、ヴァイクは寮長としてユハに対する迫害を止めようとしてきた。己とマクシミリアン、ハルの協力も得て圧力をかけ、目を光らせてきた。だがユハは追い詰められていたし、状況は変わらなかった。ユハは有望な生徒である。数少ない竜殺士候補者、そして慈しむべき後輩として、ヴァイクはユハを守りたかった。
「僕の力不足だ…僕がもう少し、ちゃんと」
「言っても始まらん。パラスケが残るにせよ、去るにせよ、お前の責任ではない」
ヴァイクの告解を遮ったのはナーディルだ。うねる黒髪に隠された表情はわからないが、恐らく、常の如く険戒なままだろう。
「でも、」
「いいかヴァイク。とやかく言っている時間は終わった。選ぶのは俺たちではない。パラスケだ」
俺がここにいるように。
ぎしりとナーディルの両腕が軋む。ヴァイクは一瞬目を見開き、力無く笑った。
「そうか…そうだったね」
「あのとき、選んだのは俺だった。お前じゃない」
『切り落とせ、ヴァイク』
二年前、ナーディルの両腕を切り落としたのはヴァイクだった。だが決断したのはナーディル本人だった。その身体でなお、アスカロンに残ると決めたのも、ナーディル本人だ。
「そう、だったね…忘れていた」
ヴァイクは自嘲するように笑み、顔を上げた。
「そういえば、この前の演習で面白いものを見たな」
ふと、エセンが振り返る。薄い唇は弧を描いて、決して悲壮な話ではないことを伺わせた。
「この前と言うと…『爪』『尾』の合同か?」
「あぁ。六年は、私とハルとマックスだ。前衛は五年のラウ、それから四年のグラーチア。『あの』シンリック・ラウが、己と対等に並ばせる前衛など…私は久しぶりに見た気がするよ」
ツァーの問いに、エセンはどこか軽やかに笑った。

相手は黒竜だった。しゅうしゅうと蒸気が上がる王水の息吹、高温を噴き出す鱗――だが、ぎらぎらと光る黄色い瞳に落ちた影は、畏れなど見せなかった。
無言で走る一陣の突風はミハイルである。その背を追い越していく刺付き鉄球、そして鋼の奔流。
ぎゃりりりりぃっ!
ミカの操る硬質の蛇が黒い鱗を削り取る。こちらを向いた黒竜の、開こうとする顎を撃ち抜くエレジアの星。走るミハイルの背中を蹴り、跳躍するアルケイド。その身体が空で反転、無防備に伸ばされた首にまともに打撃が入る。鈍い音はしかし、骨にまで届いていない。全く同じ場所を狙って、ミハイルが刃を撃ち込む。ミカの鋼が振り返り、殺到する。それを追って飛ぶのはリチャードの弾丸だ。鋼鎗が削った傷口に潜り込み、燃え上がる。青い炎が黒い鱗を染め上げる。暴れ、首を振る黒竜。その口から王水の息吹がほとばしる前に、エレジアの鎖がその顎を締め上げ、ミカの鋼鎗がその上を戒める。だが保たない。エレジアの足が浮き、跳ね飛ばされて呻く。「ぐっ、ぅう」
ミカのこめかみに青く血管が浮いた。だが竜の顎は止められない。
「退避!」
ウィンスレイの指示に前衛が退る。途端、辺りに酸の蒸気が立ち込めた。
「退がって!」
ユハが叫び、指を組む。空間が遮断され、戻ってきた前衛が激しく咳き込んだ。
「ち、くしょ…!アル、ミーヒャ、出られるな!?」
黒竜の方を窺い、涙目を拭って言ったのはエレジアだ。刹那、身を翻す。
「待て!作戦を…!」
「そんなこと言ってる場合かい?リチャード、ミカを頼むね。余裕ができたら援護をよろしく」
ウィンスレイの怒鳴り声を軽くいなして、アルケイドはエレジアの後を追う。
「フェリスもか…!全く、お前ら連携を何だと」
「緊急だ。さっきまでの作戦では対応できない。指示を出すなら立て直せ」
ミハイルは野戦服の上に付けた肩甲を留め直し、剣の把を握る。
「バレンシア一人であの首は抑えられない。俺も出る」
言い置いて、ミハイルも走り出す。取り残された者の中で、ユハがぽつりと呟いた。
「バレンシア?」
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