那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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白肋の記憶7 アスカロン番外

続きです。まだ続きます。



退避の言葉に、バレンシアは従わなかった。黒竜の吐息は拡散する。だがユハの結界からその吐息を逸らすためには、逃げてはならなかった。
――あいつの、盾
その妄執とも言うべき信念が、バレンシアに退くことを躊躇わせた。立ち込める酸の蒸気を切り裂き払いながら、バレンシアは地を蹴る。
同じ長柄の大物武器を扱いながら、エレジアが地に足をしっかりと突き立てて戦闘に挑むのに対し、バレンシアは遠心力を利用して空を跳ぶ。レコンキスタの使い方としては少々異質だ。ぎゃん、と硬質な音がしてレコンキスタの刃が竜の首を抱え込む。下方から無理矢理その顎を閉じさせ、バレンシアは全体重を掛けてレコンキスタの長柄を引いた。黒竜とはいえ準長寿竜――言うなれば幼体である。バレンシア一人でも、首を捻ることは可能だった。
逆流する王水に、竜自身がむせ返る。ぎらりと黄色い目がバレンシアを捉えた。
「睨んだって放してやるかよ!」
叫ぶバレンシアを振り落とし、黒竜が正面を向けた。バレンシアは内心で笑う。これで黒竜はユハに背を向けた。
「さぁ来い!」
バレンシアが咆える。その身体が大鎌を携え、不敵に背中を伸ばした。相対して黒竜は翼を畳む。黒竜は這竜の仲間だ。ゆえに飛ばない。リーチの限られるバレンシアにとっては好都合だった。次は突進が来る。それを掴めれば――
「死にたいのか阿呆!」
怒声と共に強く上腕を掴まれる。そのまま、肩が脱けるような衝撃と痛みを伴い、その場から強制的に離脱させられる。突進する黒い塊が目標を失って勢いを弱めた。
「準長寿竜とはいえ、黒竜の突進をまともに受ければ無事では済まん」
バレンシアを引きずって疾走するのはミハイルだ。ある程度距離を置いたところでバレンシアを投げ出し、仁王立ちする。
「お前は前衛を勘違いしている」
言い捨てて踵を反したミハイルは、もうそこにない。アルケイドの身体が回転し、叩きつけられた足の脛が片方の翼をへし折る。振り向く鼻先。アルケイドは宙空でにやりと唇を歪めた。
「こっちも相手してくれよ!」
ミカの嗜虐的な声に連られ、殺到する銀の蛇。黄色い眼球に突き立ち、開こうとする顎に纏い付く。動きを鈍らせた巨体に降り注ぐ青い火の粉。黒竜の鱗を舐めるようにリチャードの鬼火が勢いを強めた。黒竜の体表面は灼熱だ。だがリチャードの思念の炎がそれを相殺する。次の矢をつがえながらリチャードが怒鳴る。
「ミーヒャ!」
顎の下、一カ所だけ鱗が薄い。それを狙ってミハイルが走る。暴れる黒竜の四肢をかい潜り、ただ一振りの刃を携え。
「前衛は盾であり、刃だ」
愕然と座り込んだバレンシアの傍らにアルケイドが立つ。
「僕たちは後衛を守る盾じゃない。後衛の攻撃を補佐し、時間を稼ぐ。それは間違いじゃない。だけど僕たちは剣だ。僕たち自身が、攻撃の要でもある。それに、」
アルケイドの黒い瞳が、責めるようにバレンシアを射貫く。
「君の行動は、アスカロンとしてのユハを侮辱している」
バレンシアのベリルの瞳が、烈火の如く煌めいた。その視線を受けるアルケイドの黒瞳は凪いでいる。
「君は結界士であるユハが、竜殺士として在る方法を否定したんだ。これが侮辱でなくて何だい?――まぁ、だけど」
言い置いて、アルケイドは背を向けた。
「盾であり剣たることを忘れた同胞よりは、数段マシかな」
凪いだ黒瞳に煌めいたのは、酷く苦々しい感情だった。

戦闘の中心からやや離れた場所で、指の間にピアノ線を張ったヴァイクがぴくりと眉を上げた。
「なかなかいい動きができてるんだがな、効果的な攻撃はまだないか」
腕を組んで呟くのはツァーだ。視線の先では、ミハイルが酸の吐息に肌を焦がしている。顎を抑えていた銀の拘束が解けていた。膝をついたミカが、鼻腔から垂れた血を拭う。
「(離れろミーヒャぁっ!)」
エレジアの警告が遅れ、白煙と共にミハイルの端正な顔が歪む。ミカに気を取られたリチャードが矢を放つタイミングを逸した。黒竜の体温を相殺していた青炎が止み、ミハイルの皮膚が爛れ、野戦服の片袖がずるりと垂れ下がる。足を止められたミハイルの背後からアルケイドが跳躍、だが死角から振り下ろされた尾に脇を捕えられ、地に転がった。
「できているのは一握りだろ。あの学年はたったの七人か?」
顔をしかめるのはエセンだ。四年生は全員で十六人だ。内、半分しか動けていない。学年長のウィンスレイはまともな指示が出せず、後衛の中で戦術眼に優れるのはリチャードだが、その指示を聞くのは一握りだ。
「(エレジア!アルケイドを!)」
「(どうした!?)」
リチャードが叫ぶ。黒竜の尾にに叩き落とされたアルケイドはそのまま動かない。恐らく脳震盪だ。咄嗟にそれを庇ったエレジアは、不自然な姿勢でモーニングスターを投げた。だが一撃必殺の星を避けられれば、エレジアはその瞬間無防備になる。
――血飛沫。
「ヴァリアツィオーニが負傷したかい」
目を伏せていたヴァイクが静かに尋ね、エセンが目を凝らした。
「…いや、あれは」
エセンが呟く。
「まずいな。グラーチアがヴァリアツィオーニを庇って、まとめて負傷した。グラーチアは左腕から背中を裂かれた。ヴァリアツィオーニは左腕…肘が逆方向に向いている」
ツァーが低く呻いた。
「おいおい…何をやってる。そいつはまだ、本当の『篩』ですらないんだぞ…?」
苛々と牙を鳴らす皇帝に、エセンは苦笑いする。
「まぁな。だがお荷物を抱えて七人で、というのは中々に難しかろ。あれで、司令塔としてのリチャードと後衛としてのミカ…あとはあの子、パラスケがまともに機能すれば、もう少し楽なはずなんだが」
鼻を押さえたままのミカがなおも鋼を操り、幾多の穂先を空に浮かべる。それを見たリチャードが制止の声を上げる。
「(ミカ止めろ!)」
伸ばす手がその肩を掴む前に、ミカは銀の蛇を放っていた。バレンシアとエレジアの前にいる竜に殺到したそれは、急激に勢いを失くして地に落ちる。
「(…っ、が…!)」
ミカの眼窩と鼻腔から噴き出した血が、霧のように宙に散る。痙攣し昏倒するミカを抱き寄せ、リチャードは唇を噛み切る。
「どんな状況だ?」
不意にツァーとエセンに背後から尋ねたのは、いつの間にか姿を眩ませていたナーディル・サフィエだ。だがその姿は異様である。血刀を携え、頬に飛んだ返り血を拭っている。既に何らかの戦闘をこなしてきた様子だった。
「良くないね。噛み合わない。前も後ろも、全体の連携も」
「それを明らかにし、適性を欠く者をふるい落とす。それが目的だろうが」
エセンの辛辣な評価にも冷徹に目を細めるナーディルだが、ツァーはさらに首を振った。
「に、しても酷い。今の五年だって、これよりはマシだったかもしれん」
それを眺め、ヴァイクは『篩』へと後輩を突き落とすべく指を伸ばした。
「もういいだろう。これ以上、幾らやっても同じだ」
残酷とも言えるこの言葉は、自分たちにもかけられていたのだろうか。
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