那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

<< October 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 歯痒さ1 アスカロン6 | main | ベルサイユ。 >>

歯痒さ2 アスカロン7

先のフラグメントの続き。アスカロンは、大筋のストーリー無視で場面が書けるので、脇見運転者としては大変書きやすい。



「『刃』寮第一学年、シャリース・ノジェです」
亜麻色のやわらかな巻き髪を揺らし、シャリースは名乗った。巻き髪なのに短く切っているため、頭のあちこちで毛先が跳ねている。
「『杖』寮第一学年、ヤン・ドライスラフです」
クリストファーが俯いてしまったため、先にヤンが名乗る。
「『杖』の寮長のお気に入りだな」
寝不足で不機嫌なバレンシアが小さく言い、注目されたヤンは身を縮めた。ビルヘルムに特別構ってもらった記憶はないが、傍目にはそう見えるのだろうか。畏縮したヤンに、くせっ毛の五年生はひらひらと手を振った。
「贔屓とかって意味じゃないから。そう縮こまるな」
「次はクリス、君だよ」
アランデイルに促され、クリストファーはおずおずと口を開いた。
「『弦』寮第一学年、クリストファー・ヘイニングです…」
ヤンの野戦服の袖をきゅっと握り、クリストファーは目を上げずに名乗る。
「あぁもう俯くなよ」
背後に回り込んだミカが、クリストファーの頬を両手で挟んで半ば無理やり上げさせた。クリストファーの若草色の双眸が見開かれる。
「…っ、」
「ちゃんと顔見せなきゃ、紹介にならないだろ」
にっと歯を見せて笑ったミカはクリストファーの頬を解放する。急に引っ張られた頬を両手で擦りながら、クリストファーは小さく頷いた。
「『刃』寮第二学年、ハラルド・エリティス」
萌黄の縁取り、二年生が端的に名乗った。ぶっきらぼうな感もあるのは四年生への心配からだ。くっきりと青い双眸、金髪を短く整えたハラルドは気が強そうだ。
「彼はスヴェン・オールセン。『弦』寮の第三学年だよ」
灰褐色の髪に青鈍色の瞳の三年生を紹介したのは、アランデイルだった。首を傾げるヤンに向かって、スヴェンはにこりと微笑んで見せる。その唇は開かれない。唇の縁には小さな傷痕が幾つも並んでいた。
「先輩は言霊使いだから、あんまり口を開きたがらないんだ」
クリストファーが小声でヤンに告げ、アランデイルがスヴェンのやわらかな髪を撫でた。
「先祖帰りを知っているかい?…スヴェン、話しても構わないかな?」
一年生三人が首を振り、スヴェンが頷くとアランデイルは解説を始めた。
「スヴェンの家系はかつて、『名称』を支配することで『それ自体』を支配する能力を持っていた。科学技術の発展に伴い、この世界からそれらの不思議な能力――いわゆる魔法や呪いの類は減衰した。けれど表面に現れないだけで、その力はこの世界に、僕らの――人間の中に存在し続けており、それが世代を超えて現れることがある。その一例が先祖帰りだ。スヴェンの家系も年月を経て力を失った。スヴェンの御両親もお祖父さんもお祖母さんも持っていない、けれどスヴェンには言霊を支配する力がある」
ヤンは悟った。先祖帰り。過去の強大な力を受け継ぐ者。それはアスカロンでは役立つ資質だろう。しかし外の世界では通用せず、排斥される。力を持つ者が恵まれているとは限らないのだ。スヴェンの唇の傷痕は、そういうことなのだ――この人は唇を縫い合わされたことがあるのだ。力を孕んだ言葉を、発せないように。
「と言っても日常会話に、さして支障はないはずなんだよ」
「…よろしく」
ごくか細い声でスヴェンが紡いだ言葉に、ヤンは頷いた。
「で、俺はミカ・バーテライネン。『杖』寮の第五学年だ。バーテライネンじゃ長いから、ミカでいい。『杖』寮の五年は、俺を含めて二人しかいないから覚えやすいだろ」
ミカは明るく言ったが、『杖』寮の五年生が二人しかいないのは事実だ。
「でもってこいつはバレンシア・グラーチア。『弦』寮の五年な。本当は『尾』班だけど」
「何でお前に紹介されなきゃならないんだよ…」
親指で指されたバレンシアは眉を寄せたが、ミカは意に介さなかった。
「そして僕が『鱗』班班長、アランデイル・フォルスナーだ。『弦』寮の第六学年で、寮長に任じられている」
野戦服の校章の縁取りは第六学年を示す深紅。豊かな赤毛にペリドットの瞳の穏やかな寮長を知らない生徒はいないだろう。ビルヘルム・リヒテンシュタイン、シンリック・ラウに並ぶ、現アスカロン最強の一人なのだ。
「もう一人、『刃』寮第四学年のユベール・パラディを含めて、今年の『鱗』班だ。皆、よろしくね」
微笑んだアランデイルは、ふと時計を見上げた。
「シャリース、湯を持ってきて。ヤンは水を――ミカ。バレンシアが必要な事態は見えるか?」
「すみません、あれっきりです」
「あれっきり?」
アランデイルの黄緑が瞬く。頷いたミカが、不意に唇を歪めた。
「あー…当たっちまったか」
保健室の扉が勢いよく開いた。濃い血臭が流れ込む。
「アラン!」
扉を蹴り開けてアランデイルを呼んだのは、野戦服を汚したシンリックだ。その双肩に担がれているのは、校章を山吹色で縁取った――四年生だった。
「パラディは背部に裂傷、失血が酷い。ネリベルは同じく背部広範囲に重度の火傷、及び右肩・肋骨を脱臼、右鎖骨を骨折」
簡潔なその報告に頷くと、アランデイルは声を張った。
「ミカ、ユベールの止血と縫合!クリスとバレンシアはミカの補佐を頼む。シャリース、ヤン、ハラルド、スヴェンは僕を手伝って」
シンリックの右肩で野戦服を黒く濡らすのがユベール・パラディ、左肩で焦げた臭いを発しているのが『杖』寮のカノン・ネリベルだ。白い床がユベールの血で汚れる。シンリックはユベールとカノンをそれぞれの処置台に渡し、自身は扉を出た。
「先輩、傷が大き過ぎて縫合できません!」
「ミカ!僕と代われ!」
クリスが叫び、アランデイルが怒鳴り返す。カノンの焼け爛れた背を濡らした布で覆い、アランデイルは身を翻した。
「無理に野戦服を剥ぐな。ミカが来たら、骨を接げ」
「はい!」
「よし。クリス、輸血の準備!前に教えたね?」
程なくミカがこちらの寝台にやってきた。
「カノン、今から骨を接ぐ。舌噛まないようにこれ噛んどけ」
シャリースが渡したガーゼをカノンの口に押し込み、ミカはカノンの肩に手をかけた。
「――!」
カノンの喉からくぐもった悲鳴が溢れ、両足が痙攣して跳ね上がった。
「押さえてろ!」
空を蹴るカノンの足をスヴェンとハラルドが捕らえ、シャリースとヤンがしがみつく。みしみしと音を立ててミカが骨を嵌め直し、接ぐ間、カノンは緑褐色の双眸を見開き続けていた。



四年生の初・対竜戦闘。
アスカロン / comments(0) / - / 伝埜 潤 /
Comment