那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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歯痒さ3 アスカロン8

先のフラグメントの続き。手違いで一度、全て消してしまったが、これで何とか幕。



「アランデイル!カノンとユベールは!?」
「騒がないの。大丈夫だよ」
噛み付くように尋ねたビルヘルムの額を指で弾き、アランデイルは報告する。ヤンはイヴァン・ザイチェフの顔面の裂傷を消毒しながら、それを聞いていた。
シンリックは重傷の二人を抱えて先に帰ってきたらしく、二人を除く四年生とビルヘルムはしばらく経ってから帰還した。そして帰還するなりビルヘルムが口にしたのが先の台詞だ。
「六人での初戦にしては、よくやった」
シンリックが呟き、ビルヘルムが頷く。しかし二人の顔は晴れない。
「二人ともしばらくは動けないね。でも生きて帰ったんだ。そんな顔をするな」
アランデイルが苦笑し、二人の肩を叩く。
「二人もおかえり。無事で何よりだ」
『歯痒いと思うことは、度々あるよ。ビルヘルムとシンリックが傷を負っても、僕が前に出ることはない。僕は、断じてそうしてはならない。今日みたいに二人が補佐に出ても、僕は留守番だ。それは確かに歯痒いし、もどかしくもある。それは否定しないけどね』
ヤンは思い出す。自己紹介の後で、アランデイルが吐露した内心を。
『僕は最後衛で、主に救護だ。僕がちゃんと立っていなきゃ、ビルヘルムとシンリックが前戦に立てない。僕が負傷すれば、二人は僕を心配してくれるけど――前を向いていられない。注意力を失った状態で対竜戦闘を行えば、待っているのは敗北…悪くすれば死だ。全てが崩れる。だから僕が最後の砦だ。倒れてはならない。死んでは、ならない』
それもまた、覚悟だ。アランデイルの覚悟だ。前戦に立つシンリックの、指揮を執るビルヘルムの、そして背後を守るアランデイルの、一人一人の覚悟の形。それが噛み合って動くからこその連携。
ヤンの役割はまだわからない。何がしかの能力――それは例えばミカのように、近しい未来を視るような――を持つ『杖』寮に編成されていながら、ヤンは己の能力すら把握していない。だが、まだヤンは一年生だ。これから先に待ち受ける未来は――血みどろの苦痛だとしても、拓けているのだ。
「さぁ、四年生も治療はあらかた済んだね?ここは僕が残るから、部屋に戻って休みなさい」
「っでも、先輩」
アランデイルの言葉に、噛み付いたのは『弦』寮のクロード・フーシェ。肋骨を脱臼していたため、上半身を晒したまま治療を受けている。酷い打撲痕に、クリストファーがぺたりと湿布を貼り付けた。
「あいつらは俺たちの…第四学年の同輩です。俺たちは大丈夫ですから、ここに居させて、」
「だめ」
言い募るクロードに、ぴしゃりと不可を出し、アランデイルは腕を組んだ。
「今は神経が昂ぶってるから何も感じないだろうけど、明日には全身が悲鳴を上げるよ。覚悟しておきな。それに、早く回復できることは美徳だ。ほら、寝ておいで」
結局のところ、保健室の主には勝てないのだ。押し黙ったまま、クロードは不承不承頷く。その背中にスヴェンが野戦服の上着を被せる。固く握られたままの拳を『刃』寮のタキ・セフィロスが取り、背中を『弦』寮のジェレミー・ロウがそっと押した。
「ご迷惑をおかけしました」
最後に保健室を後にしたのは、顔にガーゼを貼ったイヴァンだった。長身を折りながらそう一言、身体を起こして灰色の瞳をまっすぐアランデイルに向ける。
「二人を頼みます」
「あぁ。任せてくれ」
イヴァンが退室した後、詰めていた息を吐いたのはバレンシアである。
「お前の目に感謝してやる」
相変わらず寝不足に顔をしかめながら、傍らのミカに向かって呟く。ミカは肩を竦めた。
「不確実ですまん」
『弦』寮に属するバレンシアは癒し手である。掌を翳すことで、肉体の損傷を回復させる稀有な能力の先祖帰りである。
重傷者二人のうち、失血の酷かったユベールは、体温が著しく低下し一時的に心音が弱まった。それを見たバレンシアは、咄嗟に回癒を行ったのである。結局、大きすぎる傷は皮膚を浅く焼いて止血するしかなかった。バレンシアがいなければ、この強引な治療は一か八かの賭けになっていた。ミカの先見は、紙一重でユベールを救ったのである。
「じゃあな。俺は戻る。先輩方、失礼いたします」
欠伸を噛み殺しながら、ふらふらとバレンシアが保健室を出るのを見送り、アランデイルは振り返った。
「さて、皆もおかえり。寝付けないと思うけど、暖かくして布団に入ったらきっと眠くなるさ」
穏やかに微笑む黄緑の双眸に、ヤンは不意に眠気を感じた。隣ではクリストファーが目を擦り、シャリースが欠伸をしている。その肩をスヴェンがそっと押す。ハラルドが先んじて扉を開き、同寮のシャリースの手を引いた。
「よし、俺たちも行くか、ドライスラフ」
ミカが疲れなど見せない鮮やかな笑顔でヤンを呼ぶ。
「はい。失礼いたします、先輩」
礼をしたヤンに、再び黄緑が微笑んだ。
「おやすみ、ヤン、ミカ」



アスカロン保健室において。サブタイトルは、先祖帰りとアランデイルの立ち位置について。
人物が多過ぎて描写が追いつかなかった。反省。
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