那由多の果て

伝埜 潤の遺産。小説になり損なったフラグメントと、日々の連れ連れ。

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人魚の残映3

どうも口説いフラグメントになってきた。ディズニーが童話の続編を創っては、いまいちにしかならないのと同じだ。



「お前馬鹿だなぁ。みすみす寿命を縮めたんだぞ」
そう声をかける同僚に、俺は肩を竦めた。話が通じないのはわかっている。最早否定することすら面倒だった。メロウの優位の絶対を、誰もが信じて疑わなかった。俺にはそれが信じられない。アーヴィング中尉が、十四年前を生き延びたあの人がだめだと言うのだ。これ以上の確証があろうか。
「ドラッケンで戦うさ」
そう笑った俺に、同僚は憐れむように言った。
「それが馬鹿だって言うんだよ」
「なら俺は馬鹿でいい」
「ギア…あの人に操立てするのは勝手だが、それで死んだら話にならな――」
そのとき、作戦番号47の実行を告げるサイレンが鳴った。メロウの、初の実戦だ。俺は、この作戦の行き着く先を予感していた。
「中尉」
あなたがどんな思いで、メロウの試験飛行に携わったかくらい、俺にも想像できる。あなたを見る度、その背を覆う銀の残映を、あなたの中に燻る慟哭を感じては、あなたの魂に触れたかった。
「アーヴィング中尉」
あなたはもう誰も、あの人の二の舞にしたくないのですね。
「すみません、中尉…俺には、止められない」
メロウは墜ちる。だが俺には何もできない。主力と目されているメロウが墜ちれば、ドラッケンに搭乗しているこちらの身も危険に晒されることになる――けれど、墜ちることなく帰ってきたら、せめて笑顔を見せて下さいますか。
「あなたのために、帰ってきます。だから、あの人の代わりでいいから、シェイ――抱き締めさせて下さい」
飛行帽を被り、ゴーグルを下ろす。出撃の刻はもうすぐそこにあった。
フットバーを踏み込み、加速する。空に昇る刹那、視界を駆け抜ける銀の光。それは確かに、鋼銀の翼を反射する光だった。あの翼を、俺は得る。あの翼を得て、あなたのもとへ帰る。

シェイ・アーヴィング空軍中尉の謹慎は、空軍にとって想定外だった。作戦番号47は、アーヴィングがメロウに乗ることを大前提として立案された。
「アーヴィング」
アーヴィングの直接の上官であるブラッドベリ少佐は、営倉の中で沈黙を保つアーヴィングに静かに呼びかける。
ジェフェリー・ブラッドベリはかつて正規軍のエースと言われ、リドリー・ホークアイと並べられる腕の持ち主だった。ブラッドベリは既に飛ばない。自ら階級と引き換えに、翼を失った。それは下層階級民への差別のない社会を創る、礎のひとつだった。
「君がドラッケンにこだわる理由が、わからないではない」
かつて下層階級出身の飛行士が、正規軍と差別されていた頃、ドラッケンは正規軍の宝だった。そして、シェイ・アーヴィングにとっては盟友を象徴する機体だ。
「水臭い口調になったな、ブラッドベリ」
営倉の中で、アーヴィングはくつくつと笑う。
「アーヴィング中尉」
「お前がいながら、なぜ止めなかった。かつての軍とは違う。俺たち捨て駒の下層階級民だけがいる軍ではないんだぞ」
詰る口調に、ブラッドベリの唇が引き結ばれる。諦観を孕んだ苦笑が聞こえ、アーヴィングが扉の向こうで謝罪する。
「今さらか…すまん。お前はもう飛べないというのに」
「いや、それよりアーヴィング」
「ひとつでいい。答えろジェフ」
かつての愛称でブラッドベリの言葉を遮り、アーヴィングは問いを投げた。
「俺が謹慎を解かれるためには、メロウに乗ればいいのか」
ブラッドベリの青い目が見開かれた。
「シェイ!」
「お答え下さい少佐。私がこの謹慎を解かれるために必要な唯一は、メロウに乗ることですか」
思わず名を呼んだブラッドベリに対し、アーヴィングは上官に対する口調で尋ねた。私情を挟むなという、暗黙の牽制だった。
「メロウは!お前が最もよく知っているはずだ!」
「お答え下さい、ジェフェリー・ブラッドベリ少佐」
扉越しのその強い声に、ブラッドベリは天を仰ぐ。灰色の天井は、あの日の残映すら見せてくれない。だが営倉の中の彼女は、確かにそれを見ている。十四年前の、あの日の空を――あの日から変わらぬ天藍を。
「お前ひとりが墜ちたとて、今さら何も変わらん!俺も臓腑が煮える思いで、今まで過ごして来たんだ…!」
「俺が受けたような仕打ちを、今の飛行士連中は知らない。それは確かにお前のおかげだ。ジェフ、今さらこの身体に未練などないさ。この身体以上に亡くしたくないものがある。リディが死んだときの、あんな痛みはもうたくさんだ。もう二度とごめんだ」
そこまで言い切り、アーヴィングは一言謝った。
「すまない…もうひとつだ。エゼルレッド・ギアはメロウに乗っているか?」

確かに速い。メロウの飛行速度を間近で確認し、俺は驚嘆する。メロウは機体を軽くするために極力部品を減らしてある。ドラッケンを駆り、その速度に追い縋る。風圧と重力加速度が身体を叩き、シートに背中が食い込んだ。操縦席の中で何度も思い返した感触だ――棺桶に入れられた感触とはどんなものだろう。
『散開しろ。来るぞ!』
無線が告げた瞬間、天藍を裂いて光の弾が走った。ドラッケンの翼を翻す。敵機の白い胴体がドラッケンの腹を掠める。操縦桿を引き付け旋回、機銃の発射ボタンを押し込む。金属の悲鳴が音高く響き、白い胴体が黒い煙を吐き出した。
鋭い風切音に目を向ければ、白い機体の間を疾駆するメロウ。機銃が無尽に白を蹂躙する。
『さすがに速いな』
「あぁ。――!」
頷いた途端、視界の外で、銀の欠片が宙に舞った。
メロウの速さは、その儚さゆえのものだ。部品は少なく、装甲は薄い。雷のような音を立て、銀色の胴から鱗が剥がれた。しかし最悪はそれだけではなかった。
『いぎぁぁあぁあ!?』
無線が零した凄まじい悲鳴は、重力加速度によって骨を圧し折られる音を伴っていた。飛行士が、メロウの速度に耐え得る身体を持っていないのだ。飛行士が声を発さなくなると、銀の機体は一直線に墜ちていった。
ぞっとした。一歩間違えれば、ああなるのは俺だった。だがそれ以上の恐怖は、アーヴィング中尉がああなっていたかもしれないということだ。中尉はメロウの開発段階から、あれに乗っていたのだ。
『ギア、正面だ』
メロウに気を取られながらも、無線の声に機体を振る。何もない空間を、機銃の吐き出す光弾が彩る。擦れ違う刹那、敵機の翼をこちらの機銃がもぎ取る。くるくると墜ちる白。黒煙が一瞬視界を遮る。
『ギア!』
警告に身構える。黒煙の向こうには白い編隊。咄嗟に機首を上げ、垂直上昇する。尾翼の真下を白い機体が過ぎる。操縦桿を引き付け、捻りながら後方に一回転する。身体を斜めに引き千切る加速度。俺がドラッケンに乗って、初のアクロバット飛行だった。思わず苦鳴が喉を衝いた。
「っぐあ、ぁ!?」
アーヴィング中尉は平然と熟す技だというのに、こんな苦痛を伴うのか。真っ赤に染まる視界に、白い編隊の背中が見えた。指の感覚は生きている。機銃の発射ボタンを強く、強く押し込んだ。頭上から降り注ぐ弾丸に、白い機体が乱れる。編隊を立て直す時間稼ぎに、一機がこちらへ向かってくる。
『ギア!応答しろ!ギア!?』
警告を発する無線は無視した。歯を食い縛り、喉奥に感じる血の味をも無視する。墜落と紙一重の一騎打ち戦法。敵はそれを望んでいる。否、ぶつけてでも俺を墜とす肚だ。だがドラッケンに乗っている今、俺は負けるわけにはいかない。
特攻をかける白い機体をかわし、交差する一瞬に命をかける。風防の外を流れる空気が、酷くゆっくりと動いて見えた。
――今、
耳元で、声が聞こえた気がした。一撃離脱戦法の方が生還率が高いと言われながら、一騎打ち戦法に拘ったあなたの。導かれるように、ボタンを押し込む。
破砕音、破裂音、爆音。白い胴が弾ける爆風に乗り、その場を離脱、態勢を立て直す。その脇を、残映が駆け抜けた。
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