那由多の果て

伝埜 潤の遺産。主に日々の連れ連れ。

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梅里先生。

毎年なら過労死ラインだった年度始め仕事が開店休業なので、いろいろ遊んでます。これとか↓
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どんな文豪の書き方に似ているか診断してくれるそうな。私の場合、圧倒的に吉川先生と中島先生でした。特に時代物。吉川先生といえば、三国志で演義を出典に書いたばっかりに私の推し(使い方合ってる?)の呂蒙を悪人に書いてしまったのだけが看過できないが、それ以外は確かに好き。中島先生は山月記の冒頭すんなり暗記できたくらいなので、やっぱり好きなんだろうな。
今と書き始めてすぐの頃でだいぶ傾向が違うので、面白いなーと。書きなれてからの文章は、だいたい吉川先生&中島先生寄りなので、たぶんこれがデフォルトになるのだろう。

因みに一番遠いのは岡倉天心先生でした。

それで、梅里先生。
水戸光圀公であらせられるんですが、吉川先生の梅里先生行状記に、こんなことが書いててはっとしたのを思い出したので書いとこうと。

「災いはいつも弱い者いじめではある。」

光圀公の台詞として言わせてるこれが、先日読み返してどうにも目について離れなかった。ちょっと今の世相を余りにも抉るじゃないか。災いはいつも弱いものいじめ。辛い。
光圀公わりと理想に生きる人なので、大日本史編纂と引き換えに水戸藩の財政を圧迫したと批判もされてる。が、ご本人の目線は常に弱いものにある人だった(フィルターがかかってるのは否定しない)ので、やっぱり上に立つ者として素晴らしい人だと思ってる。今の日本に、その意識を持ってる「上に立つ者」はどれくらいいるのか。自己責任論とかを臆面もなく言える連中には、光圀公の考えは理解できまいよ。
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