続いちゃった。二ツ鳴りと違って大まかな流れを考えないで済むので、書きやすいこと書きやすいこと。
別タイトル・バレンシアの事情。
アルケイド・フェリスは汗にまみれた黒い髪に水を被った。愛用の杖は傍らだ。
アスカロンでは模擬剣等は一切使わない。普段手に馴染んだ実用の武器をそのまま使う。当然、エレジアは凶悪なモーニングスターを、ミハイルはクレイモアを、アルケイドは長杖を扱う。
「あれ?」
次の試合の相手を確認し、アルケイドは首を傾げた。
バレンシア・グラーチア。『弦』寮の同級生である。
「エレジアじゃないのか…」
確認すれば、エレジアは一つ前の試合でバレンシアに負かされていた。アルケイドは面白そうに唇を吊り上げる。
エレジアは強い。何より、並大抵の相手はエレジアの得物と不遜な態度に威圧されてしまう。同級生にはそれが酷く顕著だ。臆せずぶつかれば、エレジアが勝てる――倒せる相手だとわかるだろうにと、アルケイドは常々思っている。
「アルケイドぉぉお!」
「うわっ」
エレジアのことを考えている最中に、当人が現れた。思わずアルケイドは飛び退り、エレジアはお構いなしに距離を詰める。
「お前、絶っっっ対負けるんじゃないぞ。いきなり前衛転向した『弦』の奴なんかに、お前に土を付けられてたまるか…!」
「落ち着けエレジア」
アルケイドに詰め寄るエレジアの首根っこを掴んだのは、ミハイルである。頭一つ背の高いミハイルは呆れたように苦笑する。
「まぁ、お前を負かされたくないのは俺も同じだがな」
アルケイドは苦笑する。
「君たちの中の、僕の立ち位置がよくわからないよ…まぁ、」
杖をひょいと持ち上げ、アルケイドは微笑んだ。
「ご期待に沿えるように努力するさ」
バレンシア・グラーチアは回癒術の使い手だが、生憎とその能力は己には使えなかった。
「〜〜〜っ、」
エレジアのモーニングスターが掠った部分は、痣になるか皮膚が爆ぜるかのいずれかだった。消毒液の痛みにバレンシアは呻く。
そもそもバレンシアは、前衛としての基礎の基礎すら学んで間もないのである。攻撃の流し方、受け身の取り方、後退の仕方。それらが完全に身に染みついていない。そのため、本来負わずともいい打撲傷を全身に負ってしまっていた。
「全く…何だっていきなり前衛転向なんか考えたんだよ?」
バレンシアの頬にガーゼを貼付けるのは、『杖』寮のミカ・バーテライネンである。早々に戦線離脱したミカは、その後は救護所に釘付けになっていた。
「放っとけ。俺の勝手だ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるバレンシアに、ミカはめげない。この無愛想が災いして友人の少ないバレンシアには、貴重な相手だった。
「しかも『弦』寮で。アラン先輩みたいに、前衛から後衛に転向するならまだわかんだけど」
「だから放っとけって」
「まぁエレジアに勝ったんだから、お前きっとセンスがあるんだな」
ミカは水色の瞳を細めて笑い、バレンシアの背を何気なく叩いた。バレンシアは激痛に息を詰め、顔をしかめる。
そうなのだ。これだけの傷を負いながら、バレンシアはエレジアに勝ったのだ。前衛としての実技成績学年二番手、エレジア・ヴァリアツィオーニに。単純な破壊力なら学年一、しかもエレジアはそれだけに頼らない戦い方を知っている。そのエレジアになぜ勝てたのか。
「ヴァリアツィオーニに勝てたのは、ただのまぐれだ。俺がいること自体がイレギュラーだったし、得物だってこれだしな」
傍らに伏せた大鎌を示して、バレンシアは自虐した。
「同じ長柄武器だ。ヴァリアツィオーニの戦い方は、俺と鏡写しだからな。だいたいわかる。それに、こいつは…俺にとっては慣れた得物だ」
大鎌という変則武器との戦い方に、エレジアが戸惑った可能性はある。それに比べ、バレンシアは幾分冷静だった。
イベリア半島出身のバレンシアが大鎌を持つとき、それは確たる伝統を背景にしている。かつて欧州最強の戦法は、重装歩兵による集団戦法だった。その全盛は銃という近代兵器の発明まで続いた。イベリアではそれをさらに強化し、異教徒との戦争に用いた。すなわちレコンキスタである。イベリアの重装歩兵が相手にしたのは騎馬である。ゆえに前進しつつ前列の後ろから大鎌を振るう、凶悪な戦法が生まれたのだ。そしてバレンシアの大鎌は、代々受け継がれる名残である。
相いれぬ者を薙ぎ払う大鎌、またの名をレコンキスタ。だがバレンシアがこれを手にするには葛藤があった。
「結局、俺は実家の手駒にしかなれないのか。こいつを手に取るとそればかり考えちまう」
没落した一族の期待を一身に背負って、バレンシアはアスカロン闘竜学園に送り込まれた。その場所に本人の意志はなく、ゆえにバレンシアは決して積極的な生徒ではなかった。反抗的でもなかったが、ただただ無気力だったのである。
「そうか?でもなぁ…」
その体質と能力のせいで、バレンシアよりも生きづらいミカは、ふと思案顔になる。訝るバレンシアににかりと微笑み、
「でも俺は前までのお前より、それを持ってるお前の方が好きだな。させられてるんじゃなくて、自分でその大鎌を取ったんなら、それでいいだろ」
そう言って背中を押した。刻限が迫る。
「行ってこい。アルケイドは強いけど、先輩方に比べればまだマシだ」
応援か慰めか、よくわからないミカの台詞に、バレンシアは初めて苦笑した。片手を上げる。大鎌を携え、向かう先にいるのは学年最強の前衛、アルケイド・フェリスだ。