人間、疲れていると何をしでかすかわかりません。
という訳で、過去の恥を晒してみる。大学三回の就活の頃に書いていた、ブルバのスピンオフという名のほもえろ短編。魔が差したんですよ、魔が。
知っている人はご自由に、知らない人もご自由に。でも18歳以下の方は、ご遠慮いただきたい。などと書く日が来ようとは。
「ガンショットグリッター、」
「あぁ?」
ぽつりとティールがネイを呼んだ。ネイはコーヒーメーカーを止め、ティールのいる窓際へ視線を送る。
ジェイが退院し、ティールが加わったソニアの隠れ家に、ネイも住みつく羽目になった。ネイのアパートはティールが爆破してしまい、今夜の宿にも事欠く状態だったためだ。おかげで賑やかなことこの上ない。
「何かしてほしいのか?それから、俺はネイだ」
マグカップを持ったまま、ティールが埋もれるソファに近寄る。片膝をネイに撃ち貫かれたティールは動き回ることができない。問いかけに、ティールは眼鏡越しにネイを見上げて笑った。
「なー、ネイ、」
無意識の躊躇いから、結局離反者の粛正を果たすこともできず、自身も酷い重傷を負ったティール。狂犬の如き戦闘を展開したが、今こうして動くことすらままならない姿は大人しく、いっそ可愛らしいくらいだ。
その唇がついっと孤を描き、包帯で巻かれた右手がネイを招く。
「えっちいことしようぜ」
ネイは翠緑を凍りつかせた。前言撤回、可愛くない。寧ろ怖い。何、この子。ネイは窓の外を見る。明るい。午後の穏やかな陽気。時計の鳩が三時を告げる。だが今はその声すら、シュールな状況を煽り立てるだけだ。次いでネイはティールの手許に収まっているマグの中身を確認した。やわらかく湯気の立つココアは、さっきついでだからとネイ自身が作ってやったものだった。
にっこりとネイを誘うティール、塩の柱のように動けないネイ。
「お前な…」
「んだよ、俺は至って正気だぜ?」
もともとがあんまり正気とは言えねぇけどなァ、とティールは声を上げて笑った。ネイは額を押さえ、げんなりと言葉を返す。
「ティール。人をからかうのもいい加減にしろ」
「本気なんだけどな」
マグをサイドテーブルに置き、ティールの青鈍色の瞳が笑いを消した。ぞくりと背筋に冷たいものを感じながらも、ネイは抵抗を試みる。
「勘弁しろよ。いくら俺でも、掘られた経験なんか――」
「は?」
ティールは眼鏡の奥で、きょとんと瞬いていた。その反応にネイも混乱する。
「何言ってんの?」
「違うのか?」
そうか、えっちいことイコールセックスと決めつけたのは短慮だったか、とネイが安堵の息を吐きかけた刹那だった。
「あぁ、そうか――こう言った方がわかりやすかったか」
にっこり、この笑顔にネイは覚えがあった。ティールがスコーピオンをぶっ放す直前の表情だ。そして両腕をネイに向かって広げ、小首を傾げて、
「抱いて?」
事もなげにティールは言い、わかりやす過ぎてネイは目を剥いた。
ブルーバード〜ベイリーズ・キス〜
「冗談…!だいたい怪我人が何言って、」
ネイが狼狽の中で台詞を紡ぐが、片足だけで立ち上がったティールに抱きつかれ、声を途切らせる。
「だって溜まるし。あんただってそうだろ、男なんだからさ。だめ?」
首に腕を絡ませられ、上目づかいに見上げてくる青鈍色の双瞳から、必死に顔を背け、ネイは逃れようとあがく。
「だめ、って、六つも年下の子どもに手を出せるか!」
「じゃあいいや」
存外にあっさりと解放され、ネイは翠眼を瞬く。ティールはすとんとソファの凹みに戻った。拍子抜けしつつも胸を撫で下ろしたネイだったが、次の瞬間、衝撃の第二波が襲った。
「二藍に頼もう」
「っ、待て!頼むから待て!二藍は十四歳だろうが!」
思春期真っ只中に男に喰われるとなれば、さすがに二藍でも性格が歪むだろう。しかも、あの妙に男前な十四歳は、ティールの誘いをあっさりきっぱり了承しかねない。
「えー、性教育としちゃあいい年頃じゃねぇ?あいつ絶対、自慰も知らねぇぜ?」
「だとしてもだ!お前のそれは何かちがうだろ!?情操教育上よろしくありません!」
唇を尖らせるティールに噛みつくように返し、ネイは頭を抱えた。何でこんな話してるんだか。
「だってシアンは触らせてくれないしプルシアは腕折っちまったし。あんたか二藍しか残ってねぇ。あ、でもあいつも鎖骨折っちまったか…」
その台詞に、ネイは半ば納得した。HIVキャリアであるシアンは求められても断るだろうし、プルシアの腕を折ったのはティール自身だ。
「ひとりで擦れよ…」
「えー、」
「じゃソニア、」
「やだ」
当然のように除外されていた人物の名前を出すと、間髪入れず否定が飛んだ。あまりにきっぱりとしたあからさまな感情に、知らず苦笑が零れた。途端に仏頂面になった唇を突き、仕返しとばかりにネイはティールをからかう。
「あんなに好きでも?」
ティールがきゅっと眉を寄せた。
「ばか。好きだからだ」
目を泳がせ拗ねたように呟くティールが、思いの他真剣な目をしていたから。絆されてやるための理由をつけ、ネイは溜息を吐いた。
「えっちいことしようか、ティール」
左側の長い髪から覗く耳に囁いて、細いがしっかりとした腰に腕を回す。
「どうした?するんだろ?」
一瞬だけ目を見開いたティールは、訝るように尋ねる。
「経験は?」
「女なら、それなりには」
ネイが答えると、ティールはちろりと舌を出した。
「ん。期待してるぜダーリン」
ティールは一見してソニアよりやや細く、肉の厚みに欠ける。使用する武器の違いもあってか、ソニアの躍動する肉の逞しさに比して、精密機械のような直線の鋭利さが目を惹く。だがインナーを脱いだティールの上体を見て、ネイは考えを改めた。
「何か面白いのか?」
怪訝そうに眉を寄せるティールを制し、ネイは不躾にその身体を眺める。
しなやかな筋肉が張り詰める、綺麗な孤をいくつも持った身体だ。スコーピオンが如何に反動の小さい銃であるとはいえ、サブマシンガンの二挺拳銃などという離れ業を行うのだ。身体が出来ていない訳がない。ティールの、肩と背筋の滑らかな隆起に指を這わせ、ネイは感嘆する。
「左が85か?こっちの方が発達してる」
「それやめろ、こそばゆい」
指先だけを何度も往復させるネイに訴え、ティールはネイの襟元に手をかける。
「ツァンに比べりゃ貧弱だろ」
「あぁ。けど、」
「それがどういうことか、あんたにわかるか?」
ネイの声を遮り、ティールは唇の端を吊り上げる。その間ぷちぷちと釦を外す行為を止めはしない。両手の人差し指が使えないというのに、器用なものだ。
「ナイフか銃かの違いだろう?」
ティールは声を立てて笑った。露になったネイの白い胸元に縋って舌を這わせ、目を細める。
「ちょっ、」
「ハズレ。残念だな」
「そこで喋るな、っ痛!」
素肌に他人の吐息が触れる感触。ぞわぞわと身を震わせたネイは、突然走った痛みにティールの肩を掴んだ。
「〜〜っ、噛むなよ」
ティールの犬歯が鎖骨に喰い込んでいた。皮膚を破られなかっただけましかと溜息を吐く。ティールは歯の形に凹んだ皮膚を労るように舐め、ちゅっと吸いついた。
「答がわかったらいつでも言えよ。御奉仕するぜ?」
ネイは渇いた笑いを零し、曖昧に頷いた。
「そういやお前、肋骨やってたな?胸触らない方がいいか?」
「やだ」
「やだってお前ね…下手したらズレて刺さるぞ?」
ネイはくっきりと残るソニアの手の痕を示す。胸骨の辺り、赤黒く痣になっていた。
「あのばか野郎は、肋を外しただけで折っちゃいない。だからあいつは甘いって言うんだよ」
さすがに俺でも折られりゃ動きも鈍ったさ、とティールは言うが、脱臼で済んだにしても普通は動けない。何より吐血していながら。
「ティール、」
ん、とティールが顔を上げる。その身体に刻まれた銃創と刃創、どうしてついたのかわからない痕の数々。蜘蛛の巣の様に、ティールの身体に張り巡らされたそれは、戦歴を物語るものだ。
「あぁ、それ散弾の痕な。まだ内に残ってんだ」
脇腹に広がる斑点状の奇妙な痕をなぞると、聞かないうちに答が返ってきた。
「散弾て…大丈夫なのか?」
「そりゃよかぁねぇだろうよ。金属が身体の中に潜り込んでるんだから。でも今さら取り出せねぇし」
「痛くないか」
「痛かねぇよ。撃たれた瞬間だって痛くなかったんだか、ちょっと待てネイ、そこ舐めんな、っ、」
ティールが身をよじり、小さく呻く。ひちゃりと音を立てて舌を離したネイは、人の悪い顔で笑ってボトムに手を掛けた。それを見たティールが片目をすがめる。
「いつの間にか乗り気じゃねぇ?」
「お前に主導権やりたくないからな」
「余裕のねぇ大人だなぁ」
「何とでも言え」
魔が差したんです。続きを晒すか、思案しております。